豊後梅の歴史
豊後梅は、その名の示すように豊後(大分県)に発祥し、
古くから豊後の名産として知られていました。
徳川初期の1681年に出た水野元勝の「花壇綱目」にその名が見られ、
当時から相当広く世に知られていたと考えられます。

(写真は大分県広報広聴課よりいただいたものです)
また、豊後杵築藩主 松平家から、毎年将軍家に大梅の砂糖漬けが献上されており、
その美味なことと、果実の大きいこと、さらに花の優美なことで非常に珍重されました。
豊後梅の特性
豊後梅は他の梅と異なる次のような特性を持っています。
イ、豊後梅はウメの一変種であって、一般に大型の果実をつける、いわゆる「大梅」の一種として知られています。
ロ、開花期は普通の梅より20日ないし30日遅く、おおむね3月の上旬から中旬にかけ、
八重咲き(重弁)の見事な花をさかせ、大輪で淡紅色を帯びています。
その花は清楚でかつ優美であり、観賞用として広く県民に愛されています。
ハ、果実は1個40〜60g、直径4〜5cmで、果肉厚く種子が小さい。食用として酸味が少なく、梅干しのほか
菓子その他に加工して珍味です。
しかし、豊後梅は他花受粉であり、かつ、花粉が少ないので、結実が乏しく生産量は少ない。
ニ、枝条が太く、古木になると主幹の下部に様々の形をした瘤ができる。
(文は大分県広報広聴課よりいただいた豊後梅の資料より掲載)